私は21歳以上です。


エスニック

女子高校ひとりぼっち
            
                        その1


なんか今日も足取りが重い。この新しい学校に転校してから、まだ10日しかたっていないというのに。毎日どんどんと足取りが重くなっていく。これでは本当に先が思いやられる。この先卒業までの2年間、果たしてこの環境の中で耐えることができるのだろうか、そんな事を考えると、それだけでも気が重くなってしまう。

 新しい学校のカラーになじめないから。それもある。友達が作りにくいから。もちろんそれもある。失恋、イジメ・・・そんなのはあまり関係ない。ただし不安材料があるにはあるが・・・・。
 
 この物語の主人公、仰木雅人は現在高校2年生。半年前に突然の交通事故により、一度に両親を亡くし、母方の叔母さん宅に引き取られることになり、ここ海女島へと移ってきたのだ。

 叔母さんは夫を亡くした未亡人だが、女手一つで高校三年の長女ををはじめとする三人の娘を育てていた。身寄りを亡くした雅人を叔母さんは暖かく迎えてくれ、数日前から雅人は、その女所帯の家に住まわせてもらい、新しい学校に通いだしたという訳なのだ。

 毎日の生活については、これといった不満はない。叔母さんはよくしてくれるし、従姉妹も少々気の強いところがあるものの、取り立てて不満はない。しいていえば、今まで慣れ親しんできた便利な都会生活から、離れ島のローカルな生活になって、多少の不便さがあるが、我慢できないものでもない。そのうちに慣れてしまうだろうと、その点は気にもしていなかった。

 この海女島(あまじま)というのは瀬戸内海に浮かぶ小島のひとつで、人口7000人というからそんなに大きい島ではない。島の中心には高校が一校だけ建てられており、彼は必然的にそこへ通うことになった。そして彼を憂鬱にさせている最大の原因は、彼が通うことになったその学校にあったのだ。

 その学校の名前を「県立海女島女子高等学校」という。ただしくれぐれも誤解がないように断っておくが、この学校いわゆる女子高ではない。れっきとした県立の共学校である。その島の中心地である女子(めじ)町に建てられたのでこの学校名がつけられたそうだ。あくまで「じょし」ではなく「めじ」と読むのが正しいのだ。

 しかしこの学校、実は名前だけではなく、その中味も限りなく女子校に近い様相を呈している。生徒数300人のうち、何と男子生徒はたったの5人。なんと1:60という、驚くべきアンバランス状態を示している。しかも教職員も校長以下、全て女性教師で占められており、男の存在自体がほとんど無いに等しい状態なのだ。

 なぜそんなことが起こるのか、確かに不思議な話なのだが、それはこの島で産まれる赤ちゃんが圧倒的に女の子が多いことによる。学者の説によると、島に湧き出す水が関係しているようなのだが詳しいことはまだ判っていない。現在でも島の人口の70%は女性が占めているという。

 昔から島の経済は、海女の労働によって支えられており、この島の名前もそれに由来する。ここでは結婚はほとんどが入婿婚。つまり島外から婿をとって子孫を残してきているが、産まれる子供がほとんど女の子ばかりだから、その構造は現代になっても変わっていない。当然カカア天下が当たり前の土地柄となっている。

 どうみても「じょしこうこう」としか読めない学校名の書かれた正門。そこを抜けて、校舎内に一歩はいると、そこもまた女子校としか思えない雰囲気に支配されている。校内には至る所に花が植えられ、廊下や教室の壁の色も淡いピンク系の色調で清楚にまとめられている。しかも生徒の大半は女子生徒で占められているのだ。

 彼の所属するクラスでも、彼はたった一人の男子生徒となっていたし、廊下ですれ違うのも全て女子生徒ばかりなのだ。入校時の説明では彼の他にも、あと4人の男子生徒がいるはずだったが、彼は未だにその姿を見たことがない。もうだいぶんと慣れたとはいえ、雅人はこのいかにも女子校然とした雰囲気がイヤでイヤでたまらなかった。

 ここに通う女の子達は、ほとんどがこの島で生まれそして育った女の子達だ。当然小学校でも中学校でも、ほとんど女の子ばかりの環境で育ってきている。ただでさえ好奇心旺盛な思春期の少女達である。たった一人の物珍しい同世代の異性である雅人への興味は尽きることがない。校門を入ってから出るまで、四六時中、彼女たちの無遠慮な視線にさらされ続けているわけだ。

 転校して初めて登校した日から、毎日が戸惑うことだらけだった。というのも、いくら男子生徒の数が少ないからって、この学校の中で行われている女子生徒の振る舞いは、たちの悪い女子校そのもの。いやそれ以上にひどいものだった。そして彼女たちの好奇心は時にとんでもない行動をも引き起こしていた。

 例えば、わざとスカートの裾をまくり上げ、下着を露出させて彼の反応を伺って見たり、また体育の授業の前には、まだ教室の中にボクがいるのにも関わらず、わざと平気で着替えを始めてみたり、ひどい子になると、「おはよう」といってすれ違いざまに、ボクの股間をぎゅっと掴んでは走り去るという、なんともヒドイいたずらをする子までいるしまつなのだ。

 最近はまた、女の子達の間で新しい遊びがはやりだしている。雅人のクラスがあるのは西館の2階。校門を入った後、本館の長い廊下を通り抜けないことには教室には行き着けない。当然その途中では、何人もの女生徒達と廊下ですれ違うことになる。

 いくぶん遠慮がちになりながらも、ここを通り抜け教室に向かう雅人を、女の子達はわざと待ち伏せて、すれ違いざまに、わざとらしく雅人の身体の一部に触れていくというゲームなのだ。

 今まで廊下の端を歩いていたのに、つつつっと寄ってきては、どーんと肩に当たっていく。数人のグループになると、わざと通せんぼをするようにして、その狭い空間を雅人が通り抜けようとする瞬間に、寄ってたかって胸やお尻などを触っていったりするのだ。まさに女子生徒達による、あけすけなセクハラ行為そのものなのだ。

 これが正門から教室に続くまで、何度も繰り返されるのだから、たまったものではない。そしてたいてい、雅人が赤面するのをみて、通り過ぎた後に、「キャハハハッ・・」などと黄色い声を上げて笑い転げる。思春期の少年にとっては、羞恥と屈辱感が入り混じった、プライドを大きく傷つけられる出来事なのだ。

 しかも毎日、次第に廊下で待ち伏せをする女生徒の数がどんどんと増え続けている。雅人が恥ずかしがれば恥ずかしがるほど、彼女たちの行動はますますエスカレートしていく傾向にあるようだ。通学の足取りが重くなるのは、当然といえば当然なのだ。



 その日はいつもより遅く家を出た。連日廊下で繰り返される「すれ違いゲーム」に我慢がならなくなったこと、そして時間を遅らせれば、廊下で待ち伏せする連中にフェイントをかけることができるかもしれないと考えたのだ。しかも本館の廊下ではなく体育館の裏側を通れば、さらに誰にも会わずに教室に直行できることができるかもしれないと思ったからなのだ。

 校門を入る。確かに人は少ない。ここから右へ行かずに、駐輪場の脇を抜けて、体育館を回り込むように進む。計算通りだ誰もいない。雅人はホッとしながら体育館と外壁に挟まれた狭い通路へ入ろうとしてた。

 ん?、誰かいる。思わず立ち止まる。
 誰もいないだろうと思ったそこには、数人の見るからに不良然とした、柄の悪そうな連中がたむろっていた。長いスカートに茶色系に染めた髪、目つきの悪そうな視線。突然現れた雅人に驚いたのか、彼女たちはあわてて口にくわえていたタバコをもみ消し、そして一斉に立ちあがった。

 「あっ・・・すいません・・・、道間違えたかな・・」。
危険を察知した雅人は、白々しい言い訳を口にして、慌ててきびすを返し、後ろを向いて立ち去ろうとしたのだが、彼女たちはそれを見逃さなかった。

 「ちょっと待ちっ!。どこへ行くんや」。
後ろからからの鋭い声に、思わず立ち止まってしまう雅人。今すぐに全力疾走で逃げ出したいのだが、身体が言うことを聞かない。
 「おまえ転校生やな」。
 「あっうち知ってる。この子、今度2年に転校してきたヤツや」。

 あっという間もなく、周りを不良達に取り囲まれてしまった。彼女たちがつけているコロン系の香りが強く漂ってくる。高校生ともなると、男女の身長差は歴然としているが、元々が小柄な雅人には、周りを取り囲んだスケバン風の上級生は、圧倒的な威圧感をもって迫ってきた。

 「ふーん、あんたがあの噂の転校生かいな。ほんまや、噂どおり結構可愛いやン」。 「あの・・・すいません。ぼく教室に行かなアカンので、失礼します」。
 「なに言うてんのん。あんたうちらがタバコ吸うてんノンみたやろ。このまま、あんたをそのまま行かして、もしセンコーにチクられたりしたら、うちら全員停学やン」。
 「いえ、ボク何も見てません。見てないですから、このまま行かして下さい」。
 「へんっ、そんなこと信用でけへんわっ」。
 「そやそや、口止めしとかんとヤバすぎやわ」。
 スケバン達は、一斉に下品な笑い声をあげる。雅人は心底から怖くなってきた。ここは何としても隙を見て逃げ出さないことには、大変なことになりそうだ。

 「あの・・・ぼく今日、ほとんどお金もってへんのです」。
 そのヒトコトで突然、スケバンの中のリーダー格の子が口を開いた。

 「何言うてんノン。誰がアンタをカツアゲするゆうたん?。なんか怖がらせてしもたみたいやね。そんなことウチら、全然言うてへんよ。お金はエエから、ちょっとだけお姉さん達のために、時間取ってくれへんかな。決して悪いようにはせえヘンって・・・・」。
 リーダーは、雅人の返事を待つことなく、周りの連中に、雅人に気づかないように目で合図を送った。以心伝心というのだろうか、スケバン達には、それだけで今後の行動計画が全て伝わったようだ。

 彼女たちの中では一番の長身、多分身長180pはあるだろうか、切れ長の目が印象的な少女が、にこにこしながら優しく話し出した。
 「ちょっと・・・・、んーったしか、マサシ君やったかな?」。
 「あ・・いいえ、雅人です」。
 「そっ、マサトくん。そうマサトくんやったよね。ちょっとだけつき合うてほしいねん。たいして時間はとれへんけど、とっても大切なことやねん」。
 「大切って・・・・、でも授業が・・・・」。

 「ええから、気にせんでエエって、授業より大切なこと、あんたに知っといてもらわなアカン事やねん。これからここの高校で生活する上で、どうしても知っとってもらわんとアカン事やねん。多分クラスメートもまだ誰もアンタに言うてへんと思うんやけどなぁ。お姉さん達がちゃんと教えたげるから・・・・」。

不安と好奇心が雅人の頭の中でせめぎ合っている。
 「それって今やないとアカンのですか」。
 「いやもちろん、いつでもエエねんけどな。今が一番エエ機会かなと思たんや。ストレートに聞くけども、アンタここへ転校してきたこと後悔してるんちゃう?」。

「えっ?」。図星だっ。なぜそんなことが判る???。
「ここへ入ってくる男の子って、最初はみんんなそうやるん。なにしろここって、女子校そのものやろ。みんなノイローゼみたいになってしまうねん。女性恐怖症になってしまう子もおるわ。ねっ、かわいそうやろ」。
 「そやからな、そうならへんための心得みたいなモンをアンタに教えたげよって言うわけなんよ。なかなかクラスメートなんてのは、お高くとまってて教えてはくれへんやろうしね」。
 「そうそう、困ったことは上級生にきけって、生徒心得なんかにも書いてあるやろ」。

 みんなが口々に話す内容は、何とか理解できた。格好はガラの悪い人たちだが、そう悪い連中ではないのかもしれない。雅人は彼女たちの提案を受け入れる気持ちになり始めていた。どうせ教室に行ったところで、相も変わらずたくさんの女生徒達の視線に囲まれて、窒息しそうになりながら、つまらない授業を受けなければならないんだ。

 少々さぼってみたところで、たいして影響はないだろう。むしろこの外見は悪いけど、ちょっとは優しそうなお姉さん達に付いていって、どんな内容か判らないが、彼女達のいうところの有益な話を聞いた方が、いくらか有意義かも判らない。

「わかりました。それじゃちょっとだけおつきあいさせてもらいます」。

 10分後。雅人は体育館の裏手に建てられたクラブハウスの一室。最近は誰も使用していないプレート名がはずされている部室の中へ連れ込まれた。


その2につづく


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