私は21歳以上です。


エスニック
セックスマシーン
            その1

  
第1章 世紀の大発明


「博士、本当に大丈夫なんでしようね」。
草薙助手は、不安な表情を隠そうとはせず、博士に尋ねた。
「何を心配しているのだね。私の実験に今まで間違いなどがあったかね」。
助手とは対照的に、自信たっぷりに博士は断言する。
(何をいってんだか、そうだからこそ心配なんですよ)
草薙助手は、のどまででかかった言葉をぐっと飲み込む。

 ここで不用意な発言をすると、今までの苦労が水の泡になってしまう。せっかくここまで博士に気に入られて、助手の地位を確保したんだ。いくらこの博士の頭のねじがどこかしらピントがずれていたからといって、機嫌を損じて、せっかくの金ずるを逃すような愚だけは決して犯したくはないのだ。

 来島博士。電子工学の世界では有名な人だった。ことに人工知能の研究では、世界的に認められた権威者だった。ところがある事件をきっかけに、一切の公職から身を引き、そしてここ富士山麓の山中湖にほど近い研究所に引きこもったまま、自身の研究活動に没頭する生活を続けている。

 何の研究をしているのかって。それがよく分からない・・・。あえて言えば、電子工学の知識をフルに生かしたガラクタを作っているとといったらよいのかもしれない。元来のヘンクツの性格は、ますます昂進し、幼児化が進んでいると言ってもよい。社会にとって何の足しにもならない、それでいて高価なコンピュータ端末をフルに使った、とんでもない発想のオモチャ、それがここ5年間にわたり、博士が作り出してきた品々なのだ。

 そしてまた今、博士の手によって完成されたオモチャ、それが今この目の前にある。何とも形容のしようのないティーポットのお化けのような代物なのだ。
「ねえ、博士。一体これは何なんですか」。
「これか。これこそ世紀の大発明だよ」。

 ちなみに先生の世紀の大発明は、もちろんこれだけではない。全自動お茶漬けマシーン、電子センサーによるペットのノミ感知器、脳細胞を刺激する電子的目覚まし時計、そうそうロケット推進器搭載のローラースケートてのもありました。いずれもコストパフォーマンスが合わずに、どこの企業も見向きすらしてくれなかった代物だ。

 そうしていつの間にか、博士のことを世間の人たちは、山中湖のマッドサイエンティストなどと陰口をたたくようになってしまった。これだけの頭脳をなぜにもっと有効に使わないのかが最大の謎なのだが、博士自身は現在の研究と創作に没頭できる毎日が楽しくて仕方がないようなのだ。

 不思議なことに研究に要する費用は、いつもどこからか振り込まれているらしく、今まで食べることや研究に必要な機材の購入費に不自由したことはない。さほど工学的な知識があるわけでないボクを、助手として小間使いのようにして、毎日次々と新しいガラクタを量産し続けているのだ。 

 さあ、それでそのティーポットのお化けに話を戻そう。
「世紀の発明は判りましたが、今度の機械は一体何をするための機械なんでしようか」。
「そうか。キミにだけは教えてあげよう。その前にっと・・・」。

 おもむろに博士は机の上にあったワイヤレスマイクのような盗聴感知センサーを手にすると、そのスイッチをONにした。ブィーン。機械音が部屋中の走査を開始した。

 「うん。大丈夫みたい。盗聴の心配はナサそうじゃね」。
 「博士・・。何言ってるんですか。ここへは、私と博士以外は誰も入ってくることはないんですよ」。
 「そりゃわかっとるよ。しかしな、念には念を入れておかんと、ひょっとしてどこかの国のスパイどもが地底を進んできたり、空から忍者のように天井裏に潜んでんとも限らんじゃないか。ええ、そうじゃろが」。
 「それもそうですね」。ボクは博士に逆らうことをやめた。これがこの博士とうまくやっていくための、秘訣のようなものなのだ

 「もういいでしょう博士。それじゃそれって何なんですか」。
 「そうか。そんじゃおしえてやる。それはじゃな・・・・」。
 「それは?」
 「つまりじゃな」。
 「つまり?」。
 「ええと・・・じゃな」。
 「はいはい」。
 「要するにな」。
 「要するに?」。しだいにじれてきた・・。
 「わかりやすく言うとじゃ」。
 「わかりやすく言うと!」。
 「そのなんじゃよ」。
 「・・・・・・」。
 しばしの沈黙。

 「博士っ!。もうっ、何もったいをつけているんですか。早く言って下さいよ!」。
 「わっはっはっ。ちょっとイライラしたかな?」。
 何のことはない、ぼくは博士におちょくられているのだ。

 「いい加減にしてくださいよ、博士。本当に怒りますよ」。
 「わっはっはっ。草薙助手が怒っておるぞ。これは愉快じゃ」。
 「わかりましたよ、教えてくれないのならもう聞きません!」。
 ボクは研究室を出ていくポーズをすることにした。あくまでポーズだ。博士が悪趣味なイジメをしたときにはいつも使う手だ。ワンパターン化はしているのだが、なぜかいつも博士に対してだけはうまくいく。この日も早速反応が出た。

 「ああっ草薙君。判った、判った、教えるから。ちょっと待ってちょう」。
あわてて引き留めにかかる博士。これももう何十回となく繰り返してきたパターンの繰り返し。そして当然のように足を止めて振り返る僕。そして最後の質問。

 「博士、それって何なんですか?」。
 博士はここで思い切り背筋を伸ばし、エヘンをするような格好で、宣言した。
「これはな、つまりな、淫夢造成マシーン・バーチャルリアリティ版というんじゃ」。

 「いんむぞうせい?。隠霧,引務、、、うーん熟語が判らない・・・」
「つまりな、自分の思い通りの夢を見させてくれるというマシーンなのジャ。ほら、前にゲーム機タイプの睡眠学習キャップを作ったじゃろが。それの改良バージョンというわけなのじゃ」。
 「ああ、なるほど淫夢ね。淫らな夢か・・。なんかエッチな名前ですねぇ」。
 「そうじゃ。今回のはアダルト限定。18歳未満の使用を禁ずるという、制限付きなのじゃぞ」。
 「アダルトですか。そうすると今回のは風俗産業など、販路が期待できそうですね」。
 「何を言う。あくまでこれは医療目的の治療機械なのじゃ」。
 「そ、そうですか・・・・」。
 やはりこの博士は、全くお金のことには無頓着なんだ。

 「ところで博士、バーチャルリアリティー版というのはどういう意味なんですか」。
 「おうおう、よう聞いてれた。それがこのマシーンの最大の特徴なのジャ。つまりな、前に作った睡眠学習キャップは、頭にかぶせてレーサーになったり、電車の運転手になったりと、あくまで夢の中で、その気にさせるだけだったじゃろがの」。
 「はいはい」。あくまで素直なボク。
 「それがこのマシーンでは、ほれ、そのポットに身体ごと入ることによって、脳細胞への刺激に応じて、ポット内の装置が連動して、被験者に対して肉体的な直接刺激をも与えるという、画期的な機能を内蔵しておるのじゃ」。
 「肉体的刺激・・ですか?」。
 「そうじゃ。つまりな、あらかじめプログラミングされた刺激が、仮にじゃ、ソープランドでいたしておるような夢を与えたとしようか。そうすると、装置はそれに応じて、阿波踊りをしたら阿波踊りの、フェラチオされたらフェラチオの、その実際にしておるのと同様の刺激を与えてくれると言うわけなのじゃ」。

 話の成り行きに、思わずボクも身を乗り出すようにして聞き入ってしまった。
 「つ、つまりですよ。セックスしている夢を見たとしたら?」。
 「もちろん、中の被験者はまさに、実際にセックスをしておるのと寸部違わぬ感覚を味わうことになるだろうな。」

 「す、すごいですよ先生。それは本当にすごい発明ですよ」。
 「そう思ってくれるか。それはよかった」。
博士はボクの反応に、顔をほころばせて、ご満悦の表情だった。たしかにこれが実用されたとしたら、世の中の風俗産業から生身の人間は一切いらなくなるのではないか。ただ機械の維持費さえ捻出すれば、高い人件費が節約できる。また独身男性やセックスを拒否する妻を持つ妻帯者にとっても朗報間違いなしなのだ。まさに世紀の大発明といつてよいかもしれない。

 「ところでな、草薙君。ものは相談なんじゃが・・・」。
突然博士が、作り笑いを浮かべてボクのほうに向き直った。
 「えっ?」。なんか悪い予感がしてきた・・・。こんなときって今までろくなことがなかった。博士の作り笑いには要注意なのだ。
 
 「わかっておると思うが、この手の機械には臨床実験というものが必要でのぉ。ところがワシの研究所の予算では、バイトの学生を雇うお金がない。それにこんな大発明じゃ、どこでこの研究を盗み出すスパイがおるか判ったものではない。実験はあくまでも厳重な秘密を保ったままでないと、できんというわけなのじゃ」。
 「つまり、ボクが実験台というわけで・・・?」。
 「さすが、ワシの見込んだ助手じゃ。飲み込みが早い。その通りじゃ」。

 実験台。この響きだけが、この長年の快適な助手生活の中で、唯一の欠点といえた。確かに今までの実験ではろくなことがなかった。電極を通して高圧電流を流されたことも、ロケット式ローラースケートで坂道を時速150キロで疾走したことも、大量のお茶漬けを(茶碗にして30杯分)胃の内い押し込まれたことも、いろいろありすぎてきりがないが、たいていは大変な目に遭ってきた。

 そのため、「実験台」という言葉を聞くと、身体が敏感に拒絶反応を起こすようになってしまっていた。このときもボクの頭の中で、ガンガンガンと警鐘が鳴り響いていた。ただし不思議なことに、ボクの頭のもう一つの部分がその警鐘を無視するような行動をとろうとしていた。 

 「ええ、わかりました。光栄です」。
ボクの口から出た言葉は、頭の中の警告を無視した、助手としてはいたって常識的な答えだった。多分博士の言った、アダルト装置という部分が体内のアドレナリンの分泌を昂進し、ボクの理性を麻痺させていたのかもしれない。ここ何日間も山の中の実験室に缶詰めにされて、アダルトビデオだけが楽しみの毎日だった。それがこの装置を使えば、まさにバーチャルリアリティーで思い通りのセックスを体験することができるというのだ。

 頭の中には数々の妄想が浮かんできては、これからの人体実験に対する期待が、異常な高ぶりとなって膨れあがってきた。きっとそのときのボクは、誰が見ても鼻の下を伸ばして、だらしなくにやけていたに違いない。

 「そうかね。草薙君ありがとう。それじゃあ、実験は早速今日の夜、夕食をゆっくりと取った後の9時頃からでも始めようか。キミは今日はもういいから、部屋に帰って風呂に入って、体中を清潔にして実験に臨んでくれたまえ。」

 こうしていよいよ人類史上初めての、「淫夢造成マシーン・バーチャルリアリティ版」の実験が開始されることになったのだ。

つづく


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